空気までもってくことは、できないからね。

十五少年漂流記を初めて読んだときは小学校のころだった。
岩波少年少女文庫で読んだとき、
それは教科書的なお勉強の延長にすぎなくて、
書かれてから100年も経ったこの作品に
感動とかそういうのを覚えることはなかった。

  「古典」とか「教科書」とかそういうものは
どこか今の時代とは違う古い出来事で
無理に読まされる気分もあったし、
それでどうするでもなく、今の自分に何かが重なるわけでもなく。



初めて指輪物語を手に取ったのは中学校のころだった。
ちょうど文庫版がでたときだけど、
中学生の僕には難解で1冊目でザセツした。



高校のころ、「海底二万里」を読んだ。
「あ、こんな話どこかで読んだことある」。
日本のSF漫画が古典的なSF小説の影響を受けてたんだなぁ、って
そんなことを思いはしたけれど、
似たようなものを読みすぎてもう素直に感動とか驚きを感じる年でもなかった。





1000のバイオリン THE BLUE HEARTS



ふと思ったのは。
僕らが中高のころ、読んだ小説や、観たドラマやアニメも、それに音楽。
なかにはすごい感動したり、動かされた作品もあった。

そういった作品の中には、今でも話題になったり、
思い出の・・・で、取り上げられたりして、
そのうちさらに一部のよかった作品や曲は
古典として残るかもしれないけれど。


1000のバイオリン

(これは1001のバイオリン)


でも、あのころ僕らが感じた興奮や感動は
きっとあの時にしか感じられなかったものなのか。



rosso 1000のタンバリン シャロン live

(Youtubeに移動して再生されます)


それとも、時代を超えていくのが古典と呼ばれるものなのかな。


僕はハックルベリーに会いに行きたいとは、
思えなかったけど。

なんとなくそんなことを思った。
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