真面目に。

たまに真面目に、これからの日本はどーなっちゃうんだろう、って考えることがある。別段知識があるとか、頭がいいとかいうわけじゃないから、どっかで言われていることの受け売りだったり、稚拙なことしか思いつかなかったりだけど。今日は真面目にそんなことのひとつでも書きなぐってみる。


今日書くのは、兵隊さんと民主主義のお話。  


 まず話はずーっと昔にさかのぼって、戦国時代。戦国時代の庶民は農民で、一生懸命作物つくって、半分くらい領主に納めてた。なんでかって、領主に年貢を納めないと盗賊に襲われて、食べ物も女子供も根こそぎもってかれたからね。守ってもらうために、つよい兵隊さん、武士さんに年貢を上納してたわけでしょ。

それが、明治維新の頃、銃が出てくると、庶民も銃を持ったら戦えるようになった。奇兵隊とか、聞いたことあるよね、、まぁ、弾除けって話もあるけど。だから、銃をもって自分たちで戦えるようになったから、次第に権利ってやつが庶民にも与えられて、国民主権なんて言葉、民主主義なんて言葉が出てきたけど。けど、いざ世界大戦が起きたらどうなったって、国民みんな戦争にさらされて、銃もって戦って、信じられないくらい犠牲者がでてしまった。それは権利を得た責任、、、って言えるのか。

さて、世界大戦が終わってから、ベトナム戦争を経て、こんな犠牲者の出る戦争なんて先進国では許されなくなってきた。みあわねーよ。さらに技術がどんどん進んできて、いかに犠牲者をださずに戦争を終わらせるか、が重要になってきた(ゲリラ・テロを除く)。もはや素人が銃をもって明日から兵隊、、、なーんて考えられない。それより、最新鋭の高い兵器をつかって、いかにプロフェッショナルに戦うかだ。


あれ?そうすると、以前、みんなが銃をもつことで手に入れた、民主主義とか、国民主権といった権利はどこにいくんだろう?



ひとつの考えとして、それは、最新鋭の兵器を維持、開発するためのチカラだという。今の兵器は、戦闘機にしても戦車にしてもバカみたいに高価で、技術力が必要だ。だから、一生懸命お金を稼いで税金を払ったり、あるいは日本の科学技術力を高めることが、兵隊さんになるのと同じくらい貢献しているって考えるんだ。(その意味では、パソコンのCPUを一生懸命つくりながら、「ワタシは戦争反対だー」とか言っていてもその技術は戦争に利用されるのである、、、。)
 
そういった貢献のできる人は、偉い人。でも、それができない人は、、、。果たして両者に権利は平等に与えられるべきであろうか?
 与えられないとしたとき、、、何が起きるか、というと、お約束でスラムが出来るワケ。っていうか、すでに日本にもできてきてるけど・・・。財政が破綻したとき、いきなり日本が滅びるとか、日本人が全員奴隷になるとか、そーんなことは別に起こらないっしょ。ただ、病院にいきたくてもいけないとか、警察がまもってくれないとか、そういう地域が出来る。


どれくらいの早さで進むかはわからないけど。今の子供たち。なんで勉強しないとけないのかって。将来、ちゃんと病院にかかりたければ、スラムで危険におびえる生活したくなかったら、ちゃんと能力磨いてお金稼げるようにならないと、いまみたいな生活はできない時代がくるんだよー。日本は資源に乏しい国だから、結構やばいとおもう。
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