信長の野望、創造、新勢力7(中級):第2次反織田連合~終焉


すでに第一位はバートン家

反織田連合の解散時の勢力。実はすでに一位はバートン家だったりします。しかし、織田家はまだ畿内に強い勢力を保ったままだし、ここで、連合をそのまま解散したら、バートン家は囲まれてかなり厳しい状況なのは明白。


   



第二次反織田連合

っということで、再度、連合を組むことにしました。枠組みはほぼ同じなのですが、違いが2つ。1つは、伊達家。東北からすきあらば攻めて来ようとしてきた伊達家には以前からうらみがあるので、今回の第二次反織田連合からは除外してやりました。そして、越後から関東の軍団に命じて攻撃開始。、、、、この連合の枠組みを利用して、ひとつずつ潰す作戦、、、ずるいですねw
 あともう1つの違いは、武田家が連合に乗ってくれませんでした。「当家の不義のため」、、、そういえば援軍要請を失敗したのを思い出した。関係は信頼にあるのに、実に残念、、、。



3方面+1作戦

 さて、戦闘のほうは、西からは有岡城~大阪城を、北からは鎌刃城から観音寺城を、東からは郡上八幡城から稲葉城へ、加えて長宗我部家には雑賀城の攻略を依頼して、囲うように織田家を攻め立てます。
 第一段階の、有岡・鎌刃・郡上八幡といった支城を落とすのに1年。そこから、いよいよ本城である大阪・観音寺・稲葉城を攻め落とすまで、1年かかりましたが、、、そこからは完全に均衡はこちらに傾き、圧倒的でした。



本能寺ではなく、観音寺にて。

ちなみに、信長は観音寺で捕らえることに成功して、もちろん処断!


そこから1年後の、第二次織田連合が解散されるときには、織田家の城は、唯一、鳥羽城を残すのみとなっていて、、、1636年4月、ついに織田家は滅亡を迎えるのでした。

惣無事令

最後はあっけないものです。反織田連合を結成してからの5年間はじわじわ削るのが精一杯だったのに、均衡が崩れたとたんに、あとは1年で一気に滅亡まで。まぁ、消化試合がだらだら続くのもつまらないので、良い仕様だと思いますが。


 いずれにせよ、登録大名でのゲームクリアを迎えて。これはこれで意外と楽しかったね。ちょっと、登録武将を強くしすぎたかなというのは反省?するところでもあるが。これでPKにもなれたので、次は高難度でいこうかと思います。
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