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信長の野望、創造、真田(上級)

今度は難度の高い大名家にチャレンジしてみたく。大河ドラマにあわせて、真田家でプレイしてみました。



本能寺の直前

 シナリオは本能寺直前の1582年1月から。真田は武田と同盟関係にあって、ここから織田・徳川両家による武田家侵攻が始まります。真田家には戦国伝があって、史実をトレースするようにシナリオは進んでいきます。

 
シナリオ開始すぐに、織田・徳川家に攻められた武田家から援軍の要請がきます。しかし、史実イベントで助ける暇もなく、武田家は3月に滅んでしまいます。そこで、あらかじめ小諸城に援軍を送る振りをして、3月にイベントで武田家から徳川家に小諸城の支配が移った瞬間から包囲して、征圧。

家康vs幸村

 反撃に来た徳川家を迎え撃ちますが、相手の兵力が圧倒的なので、上杉・北条に援軍を求ます。そんなさしずめ小諸合戦のなか、6月に本能寺の変が起きて、織田家は分裂しますが、徳川との戦争はつづき、戦国伝は「天正壬午の乱」に入ります。ここから上杉・北条の援軍を得ながら徳川の城を少しずつ削っていきます。

北条家には、甲斐の新府城への攻撃を要請しつつ(囮役)、北信濃の深志城を上杉とともに攻略。最初、深志城包囲を上杉家だけに任せたら、そのまま深志城は上杉家のものになっちゃいましたw なので2回目は真田家も1部隊だけ包囲にまぜつつ、徳川の増援を南側で迎撃。

徳川の増援は塩尻で迎撃



さらに、もう一度北条家に新府城攻撃を依頼しつつ、真田家は手すきになった上原城を攻め立てて1584年9月に上原城攻略。その後、北条と同盟を結んで、天正壬午の乱の期限である1585年1月を迎えて無事に戦国伝クリア。これで本城1つに支城4っつ。ほぼ1国分と少し様になりました。


ここから、「第一次上田合戦」が始まり、徳川家が6000の軍勢をもって上田城に侵攻してくる・・・のですが、

 上田合戦なんてなかった。

なんと、上原城に征圧につかった部隊の一部1400を残しておいたら、徳川とそこでにらめっこ。敵はイベント分で6000、それに加えて10000近くいるわけなのですが、なんでしょうか。それだけ真田家を恐れているのでしょうか。ちなみに上原城に陣取るは姫武将の真田桃。結局6ヶ月間にらめっこしてたらイベント期間が終わって、戦国伝「第一次上田合戦」をクリア。上田合戦なんてなかったんだ・・・。


っと、ここまでは着実に進んでいたのですが、1585年7月からさらに戦国伝「信幸と小松姫」が始まったところで、ついに関東の北条家が本気で沼田城に攻め込んできました。北条家とは、ゲーム開始から徳川へのけん制のために、仲良くやってきて、「天正壬午の乱」では最後に同盟を結ぶのですが、直後に「第一次上田合戦」が始まると、その同盟がわずか1ヶ月で反故にされるというひどいシナリオ。
 いずれにせよ、徳川と北条は手を結んでいるため、援軍を頼もうにも上杉家しかいません。が、北条家と対抗するには上杉家では、力不足。



直接の撤退要因は兵糧切れだったりする。

全力で沼田で迎撃してみたり、あるいは、からめ手で国峯城を攻撃して敵を分断、あるいは沼田城との交換を狙ってみたりしますが、どれも圧倒的な兵力差を覆すにはいたらず、、、。相手方の第一陣は防げるのですが、その後も逐次投入される兵が10000とか5000とかで、結局物量に押され、仕舞いには兵糧が切れる始末。


どうも、戦国伝を進めながら北条・上杉と結んで徳川を北信濃から追い出す、だけでは、その後が続かない様子。とくに関東で巨大勢力となる北条と敵対したときに対抗するのがしんどい。戦国伝で「第一次上田合戦」から「信幸と小松姫」の間は、北条と手を結べず、徳川の援軍もあてにならないのが、致命的。いずれ徳川と組むのなら、徳川の領地を削るより、対北条に準備を進めるべきか。
 これ、やってると大国に翻弄される真田の気分というのが、よくわかります。「表裏比興」などといわれても、同盟結んだとおもったら一ヶ月で断絶してくる北条家こそ、どーなんだぁ。北条家と一緒に徳川に対抗したかったのに!!


作戦を立て直さないとけないのですが、ちょっと面倒になりつつあります。上級はある程度チカラのある大名家の方が面白いかもしれない。弱小でプレイするなら中級くらいが楽しそう・・・。
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