信長の野望、創造、戦国立志伝:片倉小十郎 3


関東征圧

北条家を倒して、関東平野を制圧した伊達家。これで関東の覇者となり、あとは西に進むだけ。次なる目的は、柴田家か徳川家か、っと思ってたら「前田家」でした。いつのまにか、柴田勝家が死んで前田利家が継いでたよ・・・。


   


ちょっと肩透かしを食らった感もありますが、まぁ、次の目標が北陸なのは予想通りだったので。越後、本拠地のある二本松、それに手に入れている小高城周辺の部隊をもって、前田家へと攻め入ります。関東にも小田原城を中心に拠点を持ってますが、こっちは徳川家への侵攻のお手伝い。軍団長としての指令は前田家攻略なので、徳川に攻め入ってもお城はもらえません。が、ほっとくのももったいないので。

ここで気づいたのですが、武将立志伝では、直轄の範囲に制限がないのですね。本拠地が二本松なので、南越後あたりは創造PKだったら直轄のぎりぎりなのですが、それより先まで直轄が伸びてます。直轄で操作したいときもあるのでうれしい反面、いまさら小高城近辺の部隊を指揮できても、ちょっと遠いかなぁ、、、。

関東からの徳川攻めや、越後からの北陸侵攻は前にも創造でやったことあるので。相変わらず魚津城を落としてから富山城をおとしてまでの越後から北陸への道の狭さに難渋しつつも、着実に侵攻していって。「そういえばそろそろ関が原の年に近づいてきてるけど・・・」っと思った1598年。

辞世の句。

秀吉があっさり死にました。あっさりと・・・。他の武将では、たとえば豊臣秀次なんかは、いろんな会話とか挟んだイベントなのに。秀吉はこの辞世の句だけ読んでさっくりと死んで、、、、扱い軽すぎ!思わずクリッククリックしてたら飛ばししまって、え?って感じでリロードしてしまったよ。


まぁ、これでたぶん羽柴家の勢いも衰えていくのだろう、、、っと勝手に妄想しつつ、着実に前田家、徳川家を追い詰めつついって。前田家も残りあと2城で滅亡寸前のところで

しず、、かに?

前田利家まで寿命で死んでしまいました。すでに金沢はもちろん、七尾城すら奪われて目下絶賛滅亡寸前、ってかこの1ヵ月後に前田家は滅びるのに、「静かな終わり」とな、、、。


ゲームの仕様上、後半のシナリオは、とくに関が原近辺になってくると、ごりごり武将が死んでいきます。家臣だと大名にせびって武将をもらえるのですが、良いと思える武将は軒並み50歳超えだったりして、しかももらったらもらったで1年くらいで死んでしまったり・・・。かなり年齢との勝負になってきます。


まぁ、それはさておき。越後から富山を征圧するまではけっこうしんどいのですが、そこからは順調に征圧が進んで。1599年5月。前田家は伊達家によって滅ぼされ。そして、前田家はほぼ片倉家が(越後がほぼ片倉家の領土だったので)切り取り次第でいただいた結果。

越後からの侵攻は二回目なので、飽きてる(本音

こんな感じで北陸から越後に広大な領土を持つにいたりました。日本海はおれのもの。って前にもこんな展開があったような。。。


つぎなる目標は徳川家かと思いきや、渋くてなぜか清洲織田家・・・・って徳川、羽柴に攻め入らないと届かないんですけどっ。ってことで、もうここまできたら主命はあんま気にせず。とりあえず徳川攻めって。そしたら伊達家直轄領が勝手に羽柴とも戦闘しはじめたので、片倉家も気にせず羽柴にも攻め始めて。


こうなるともう、ただ後方の戦力を前線に送ればいずれ勝てる状態なので。濃尾平野の徳川家、清洲織田家も強引に粉砕。

すでに、勝敗はついたか。

気づけば、勢力的に伊達家が羽柴家を上回ってました。


それでも羽柴は近畿に集中した戦力を持っているので、手間はかかりますが。まぁ、中級ですし、たぶん、着実に攻め続ければ勝てるはず・・・。

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